いつかのプロローグ

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いつかのプロローグ

 彼はしばらくそこに立ち尽くしていた。目の前ではさっきから両開きの扉がコンコンと単調な音を響かせていた。来客をつげるノック音が定期的に繰り返されている。その音を耳にするたび、心臓の音が一際大きく鼓動する気がした。  緊張しているつもりはなかった。それでもじっとりと手に汗が滲んでいるのがわかる。常に冷静である彼も、心待ちにしていたこの瞬間だけはやはり若干の動揺を隠すことはできなかった。  ポケットから取り出したハンカチで汗を拭い、深呼吸をしてから彼は扉に手をかけた。ゆっくりとノブを捻り、光を差し込ませる隙間を徐々に拡大させていく。相手の素性はわからなくとも、来客者がどんな用件で訪れたのかは明白だった。だから彼はその人物を目にしたとき、相手の用件を聞かずに、まず自分から名乗ることにしたのだ。 「あ、はじめまして。ぼくの名前は――」
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