居留守

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居留守

  久々に実家に帰ったら、買い物の間だけと留守番を頼まれた。  といっても、何か商売をしている訳でもない家だ。留守番といっても、宅配が来たら受け取る程度だろうと引き受けた。  一応留守を頼まれたということで、部屋には戻らず居間で携帯をいじっていると、ふいにチャイムが鳴った。  わざわざ留守を頼まれたということは、時間指定の宅配が届く予定だったのだろうか。だったら受け取らないと。  ぱたぱたと玄関へ向かう。でも俺が玄関の扉を開けることはなかった。  ウチの玄関は、田舎の一軒家ではそう珍しくもない、分厚い曇りガラスがサッシ枠に嵌め込まれた引き戸タイプのもので、誰か来ると、その人影がぼんやりガラスの向うに見えるようになっている。  宅配業者は目立つ制服を着ているので、ガラス越しでも充分判断できるけれど、セールスや宗教勧誘は知り合いと区別がつかない。  だから何年か前にちょっと扉を改造して、天井から二十センチの所に仕切りをつけ、そこから上を透明なガラスと入れ替えた。そして、外からは見えない位置に鏡を取りつけ、わざわざ扉を開けなくても訪問者の確認ができるようにしたのだ。  その小さな鏡の中に人の姿がない。  ガラスの外には確かに灰色の人影が窺えるのに、鏡の方には何も映らない。  ピンポンと、再びチャイムが鳴らされる。  地元を離れて久しいので、訪ねて来たのが近所の人だとしても、多分もう、ほとんど顔は判らない。そうでなくても面倒だから、最初から宅配くらいにしか出るつもりはなかった。  でも、うろ覚えのご近所さんすら映ってないのでは…曇りガラスの向こうの影が消えるまで、俺、居留守を使ってもいいよな。 居留守…完
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