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もう一度隣りを見ると羽川はストローを咥えたまま上目遣いで小さく手を振っている。
その仕草に胸がぎゅっと外側から圧迫される。
この動悸をなんと呼ぶか俺は厭というほど知っている。
「…くそ…」
それは"トキメキ"というやつだ。
くそくそくそくそ…!不覚だ!可愛すぎる!仏頂面のまま心の中で叫ぶ。
正直可愛いと思いすぎて可愛いという言葉に耳が飽きてきている。
それでも心の声は鳴り止まない。
そして羽川を見飽きることができそうにない!!!
「…………はあ」
とうとう今日一発目のため息がもれた。
すると羽川の唇はストローが離れ、ゆっくりと弧を描き、こちらを振り向く。
その動作がいやにゆっくり感じる。
誘惑的に見えるのはひいき目だろうか。吸い寄せられて触れてみたいと思う。
真っ昼間から沸き起こるその衝動は俺にとって呪いのようだ。
なんでこの男、こんなに身だしなみの手入れが行き届いてるんだ。
俺ら男だろ? 男っていつからそんなだったか?
せめてこいつの唇がガッサガサにささくれていて無精髭が小汚く生えていれば。
そうであれば恋なんて男に抱くのにおおよそ不向きな想いは抱かずに済んだのかもしれない。
「大丈夫ですか先輩、煮詰まってます?」
振り返った羽川を取り繕った真顔で見返す。
「ちょっとな」
ちょっとお前の可愛さについて考えていた、なんて言ったら顰蹙を買うにちがいない。
このささやかな交流も一瞬で未来永劫たち消える。それだけはごめんだ。
「ちょっと、ですか。俺は先輩の歌詞ならなんでもだいたい好きなんですけどね。って言っても先輩もただすらすら書いてるだけじゃないだろうし、いつもすみません」
羽川はへらりと笑う。
「……謝られるほどの労力じゃない」
そっけなく答え緩もうとする頬を引き締めた。
これ以上羽川を見つめたら俺の顔は何を語るかわからない。
呪縛のような逃れようと目の前を見た。
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