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彼はしばらく無言でいたが、力強い腕はしっかりと応えてくれていたので、私も彼の胸に強く顔を押し付けた。
元彼だった優君が婚約者に変わった。
そんな夢みたいな現実は、本当だろうかと疑いそうになるも、彼の力強さが嘘でないと教えてくれる。
優君も私のように、感激で言葉が出ないのだろうか……
そう思うと、先ほどの自身の台詞が頭に浮かび、すごいことを言ったのだと、改めて感じた。
「優君……」
全く後悔はしていないが、なんだかたまらなく落ち着かなくなり、彼を呼ぶと彼は「ごめん、嬉しすぎて……」と、苦しそうな様子で言った。
「もちろん、いいよ……」
それから続けてようやく了承してくれたのには、正直ホッとした。
先にプロポーズされたので断られる心配はしていなかったが、胸はドキドキしていたのだから……
すると、彼は腕を緩く解き、私を見下ろして「俺は昔から胡桃が隣にいてくれたらいいって、ずっと想像してたから……胡桃しかありえないよ」と、言って少しだけ笑ってみせた。
その台詞は私を嬉しくさせるが、はじめのほうに発された言葉が耳に残る。
「昔……から?」
思わず尋ねてしまうと、彼は「……あ、うん」と、ややぎこちなく答えた。
何となく私は彼が何かを隠しているのでは、と感じてしまう。
ふと、治人さんと岩切さんの言葉を思い出し、優君に思いきって「私たち、店で会う以前にどこかで会っているんですか?」と聞いた。
すると、彼の様子がますます落ち着かなくなるように感じると同時、「……あぁ、うん……」と、控えめに返答された。
「え……!」
自分で聞いたことなのに、彼の答えに驚く。しかし、彼をまじまじと見つめて、記憶を辿るも思い返せない。
「……正確には、会ってるというより、俺が一方的に見かけたのが正しいんだけど」
「……見かけた?」
私が少しだけ首を傾げると、彼がゆっくりと私の身体を解放した。
でも手は繋いだままでいる。
「……うん」
「……ど、どこでですか?」
もし会っていたとなると、私が忘れていたことになるのだから申し訳なさをも感じると思うのだが、そうでなさそう。
そこで私は知りたい心が強いために、背の高い彼に近づくように少しだけ踵を上げて、背伸びをした。
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