12. これから ※

6/8
839人が本棚に入れています
本棚に追加
/105ページ
 エメを寮に入れてしまうと、俺の生活には余白が多くなった。  家事を終えてしまえばやることがない。ラルメーラ夫人や近所の奥様方とお茶会をしたり、暇潰しに近くの公園に散歩に行ったり、窓辺に花を増やしたり。あとはひたすら刺繍をしたり。そんなことで時間を潰した。俺の刺繍は奥様方の間でちょっとした噂になり、今では頼まれて刺繍をすることもある。竜の大きな手では繊細な刺繍は難しく、それはもっぱらトカゲたちの技術。高級品なのだそうだ。孤児院の弟たちにせめて何か華やかなものを贈ってやろうと思って練習した刺繍が、ここで誰かを喜ばせられるなら、こんなに嬉しいことはない。俺は頼まれれば可能な範囲で引き受けた。報酬も、お金だったり、珍しい他国のお菓子だったり、新しい刺繍糸や針だったり、いろいろな形で少しずつ。その話をするとロワも喜んでくれた。「ノエ」「みんな」「仲良し」「好き」「私」「嬉しい」、俺が周囲と上手く付き合っているのが嬉しいらしい。  エメからは時々電話がかかってくる。時間が決まっているらしく、一か月に四日まで、一回三十分が限度なのだそうだ。内容は、友達ができたことや、先生に褒められたこと。一度だけ「ケンカしちゃった……」と涙声の電話があった。同級生の男の子と、休み時間にちょっとしたことで口論になってしまった、と。なんて愛らしい子どもらしさだろうか。明日仲直りをすると言うので、応援した。優しい子だ。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!