さわらないで

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冬だということも重なって、薄暗く底冷えした帰り道を、私は自転車で急いでいた。学校から家までは約15分。いつもなら特に気に留める間もないうちに着くはずだ。しかしなぜだろうかその日は、やたらと胸騒ぎがしてならなかった。 いつもはポニーテールにくくっている髪が、その日はヘアアレンジ好きの友達によってツインテールに結び直されていた。慣れない左右の揺らぎを感じながら、私はかじかんだ指でハンドルを握り直す。 足の筋肉が弛緩したようにまるで力が入らないことに気がついたのは、ちょうど真上に光る街灯がぱっと音を立てて消えた時。それを皮切りに、ずらりと整列した街灯がちかちかと点滅し出した。古い街灯であったし、1本や2本消えていることは良くあったが、一斉に消えるなんて初めての現象だった。私は早く家へ帰るべく努めたが、自転車は地中から這い出した何かに絡め取られるかのように遅鈍な動きをした。ふと右手を見やると、先程まで3に設定してあったギアが6に変わっている。 「何でよ!」 苛立ちを隠せずギアを戻すも、ペダルの重さは変わらない。見慣れたいつもの帰り道が私を裏切る。人通りは皆無、ただ羽虫が自転車のライトに集うだけ。 それでも何とか家の近くまでやってきた頃、私は何となく首に違和感を感じた。いや、今度は首ではなく、もう少し上……。細い指のようなもので髪の分け目をなぞられているような感触があった。電流を通されたようにびりびりと頭が疼く。 「可愛いツインテールね」 そうしてはっきりと感じたのだ。私の両の髪束をつかみあげる、硬いけれども芯のない、冷えきった手を。 私は必死に足を動かした。進まないどころか後退しているような錯覚さえあった。私の髪を弄ぶ手――本当に手?――は、手櫛でといたり結び目をいじったりして楽しんでいるようだった。その度に頭のてっぺんから水滴を垂らされて、毛細血管に入り込んで背中を伝っているみたいだった。 「ふうっ」 と、声が聞こえたかもしれないしそうでは無いかもしれない。気配は感じなかったし感じる方がどうかしている。しかし私の細い首筋に、凍りつくような吐息はいつまでも渦巻いていた。 ただひとつだけ確認できることは、私の自慢だった長い髪が、いつかの道端に忘れ去られているということだけ。 ――そういえば、あの友達、なんでいきなり髪を結んであげるなんて言ったんだろう。
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