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「君も、ここから出ればいい」  那須さんは頭を振った。 「女性がαであることを主張するのって、稀でしょ? 見た目を気にして去勢する人もいるのよ。でも、そうしたら、αは男性ばかりになってしまうわ。違う?」  白石は何も応えようとしなかった。 「私はαであることを誇りに思っている。だから、逃げたくないの」 「……俺は外で生きる」 「そう……」  校舎から鈍い音が響く。  何かを叩きつけている?  那須さんは踵を返した。 「先生、今回のこと、口を噤んでくれませんか? あなたのことも白石君のことも、私が一人でしたこと。高校側に非はありません」  とっさに、俺は白石を見た。 「庸輔にゆだねる」  俺も、子どもも無事だ。 「条件をのんでくれるなら」 「のめる条件なら」 「もう、こんなことはしないと約束してください」 「ええ」 「小塚君達を咎めないでください」 「……ええ」 「あと、これは同じ指導者として……」  脳裏には、小塚や彼の仲間、白石や如月がいた。  那須さんの背を見据える。 「生徒にとって本当に必要な教育を与えてあげてください。伝統ではなく、今を生きる彼らの心に耳を傾けてあげてください。高校を卒業したとき、いい三年間だったと笑えるように」 「………善処します」  那須さんが木々の間に姿を消す。  白石がフェンスをのぼり、こちら側へと来る。  X高校はフェンスと木々の奥で、変哲もなく、そこにあって、この中では普通に授業が行われ、生徒が葛藤し、泣き笑いをしているのだと思ってしまう。それは盲目なまでに。 「行こう」  白石が歩き出し、俺は高校へ背を向けた。  それから、俺達は町の靴屋でサンダルを買い、電車に乗って部屋へ帰った。  白石は玄関の上がり框で立ち止まった。 「どうした?」 「悪かった」  白石の真剣な眼差しに、俺は奴に向き直った。 「俺も入れてくれないか? 庸輔と子どもがいる部屋に」  俺は手を腰に当て、白石にふんぞり返ってやる。 「反省したか?」 「反省はしていない」 「はあ?」  こいつ、この期に及んで、なに言ってんだ。
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