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遥か彼方
秋葉汐唯にとって、稲津機愛菜は幼馴染で、世間でいわれる“天才”、“アイドル界の申し子”というような少女ではなかった。
高校一年、汐唯は帰宅部で、バイトもしてはいなかった。
学校から戻れば、日が暮れるまで本を読んで過ごしていた。
季節は梅雨。せっかく高校生活に慣れてきたというのに、どうも憂鬱な気分だった。
ちらりとテレビを見れば、歌番組をやっていた。芸能関係に疎い汐唯でも知っているバンドが出ていた。
「あ、愛菜だ」
呑気に寝転がり、テレビを見ていた弟がいう。
「ずいぶん遠くにいっちまったな」
弟は寝返りを打ち、テレビに背を向けた。
小さな箱では、無口で頑固だったはずの愛菜が、汗を光らせステップを踏み、マイクを手に歌っている。
たった二年で、愛菜はアイドル界の頂点、『ティア・ドロップス』のセンターへと駆け上がった。
“アイドル界の救世主”、美杉聖子や“参謀”、雅明菜のいた時代と、一切見劣りするところはない。
『私、東京にいく。アイドルになる』
まさか本気だとは思わなかった。
その翌月には、あさっりと東京の中学に転校してしまった。
『どうよ、アイドルってのは?』
『楽しいよ。つらいこともあるけどね』
『無理すんなよ~』
『するよ。じゃないと、上にいけないから』
それが最後に交わしたメールだった。
その時には、まだ聖子がセンターをはり、脇には明菜がいた。
確かに、ずいぶんと遠くにいってしまった。
自分の将来、やりたいこと、そんなものはなにもみえない。
「ほんと。あんたはいつも先をいく」
汐唯は湯のみに入ったお茶を啜り、手の届かなくなった幼馴染のことを思った。
同時に、自分のことも思ってしまった。
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