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「ケイちゃん、いつもありがとう」
病気がちだったお隣のイツキには、よく学校のプリントを届けていた。
イツキは本が大好きで、勉強が大好きで、臆病で、心優しい少年だった。
色素が薄く茶色い髪は癖っ毛で、天使みたいな顔立ちだった。
彼の首筋には、いつも巨大な蚤のような妖怪がへばりついているのを、俺は見て見ぬふりをしていた。
イツキの病気はその蚤に由来することも、なんとなく察していた。
けれどある時、勇気を出して、それに手を伸ばしたことがあった。
いつまでも学校に来ないイツキを哀れに思ったのかもしれないし、いつ見てもモゾモゾとしか動かない蚤を、もしかしたら弱っちいかもしれないぞと調子に乗ったのかもしれなかった。
「いっちゃん、その虫、とってやるよ」
丸々太った蚤は、俺がこそぐように触れると、ぼとりと落ちた。
ユウキの首筋には、かきむしったような跡だけが残った。
蚤は苦しむようにもがいて、どんどん萎んでいき、最後には煙のように消えた。
「虫がいたの?とってくれてありがとう、ケイちゃん」
きょとんとした顔のイツキは、多分俺がどれほど勇気を振り絞ってその虫を排除したのか、知るまい。
イツキはそれからすぐに引っ越して行ったので、その後のことは知らない。
元気になったのならばいいなと思う。
しかし、もしも、この蚤が取ってはいけないものだったとしたら。
例えば、この蚤が幸運の象徴だったら?
それを取り払ってしまって、イツキはどうなる?
そんな想像は恐ろしくて、長続きしなかった。
こんな考えは忘れてしまおうと努めていた。
けれど忘れられるものではなくて、時々思い出しては憂鬱になるのだ。
元気になったのならばいいなと思っていた。
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