二人だけの

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   その後、会社は倒産し、坂口は上場企業に転職したと噂で聞いた。坂口はうちの会社に入社してからすぐに裏で転職活動を進めており、営業の仕事を早く片付けては夜間のセミナーで人脈を広げていたらしい。  俺はというと、やはりまたブラック企業で営業をしている。 「小野寺さん、またサボってるんですかあ」  会社の一階にある喫煙所で煙草を吸っていると、最近入ってきた若い女性社員が入ってきた。  彼女が取り出した煙草を見て、若いのにエグいのを吸ってるなあと思う。ついチェックしてしまう、その薬指にはシンプルな指輪が嵌められている。  クズな俺でも、流石に既婚者には手を出さない。 面倒だからというのが一番の理由だが。 「……吉田さんの旦那さんって、どんな人?」  唐突に聞いてみると、彼女はああ、と言って自分の左手の指輪を見つめた。 「普通ですよ。取り柄無し。おまけにハゲてる」 「ふうん。でも好きなんでしょ」 「どうですかねえ。もうただの情みたいなものですよ」  彼女が指輪を見ながら、不意に柔らかい表情になった。そこに、とても俺には与り知らない、長年の思い出が詰まっているような気がした。  それは、誰にも立ち入ることのできない二人だけの領域。  彼女が何故死んだのか、それは分からない。状況証拠を元に美しい理由を想像をすることもできるし、下世話な表現で終わらせることもできる。  本当は、坂口は彼女が何故死を選んだかを知っていたのだろう。  ただ、その見えない壁に、俺は閉口することしかできなかった。  
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