二人だけの

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   小宮加奈子の夫が亡くなったとの噂は、たちまち社内に広がった。  彼女は一週間くらい休んでも誰も気付かないような、仕事の無い事務職員だったのにも関わらずだ。きっと人事のお喋りな誰かが、彼女が忌引き休暇を取り始めたことを面白おかしく言いふらしたのだろう。  精神をすり減らし、人を蔑むことでしか楽しみを見出せないこの零細会社で、その噂は瞬く間に広がった。煙草部屋で、同僚と立ち寄った蕎麦屋で、意味の無いミーティングが終わった会議室で、その話題はしつこく持ち出された。  彼女の夫は、彼女より三十八歳も歳上だった。 「絶対これ……だよなあ?」  ふう、と煙草の煙を上方に飛ばしながら、親指と人差し指で輪を作る。下世話なサインだ。  ブラックであるこの会社で当たり前のように終電を逃した俺たちは、やけくそで朝までやっているこの居酒屋に入った。当然の如くこの話題だ。  俺は黙って二杯目のビールを飲んでいた。もう一人の同僚が、いかにもつまらなそうに舌打ちをする。 「そりゃあな。がっぽりだろ。さらにこれから若い男とも付き合えるんだから、うまくやったよ。羨ましい人生だよなあ、小宮」  その言葉尻に、たっぷりと皮肉が混じっている。そこには妬み、嫉妬、様々な感情を孕んでいた。  
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