Bad HOTEL

2/23
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
 赤みを帯びた夕陽が、マツビシホテルのロビーに影を落とし始める。それを合図にして、自動ドアはひっきりなしに開閉を始め、宿泊客が次々に流れ込んでくる。彼らは皆、一日の長旅や仕事の疲れを顔に浮かべ不機嫌だった。そしてカウンターの列に並ぶと、影と同じ無表情な顔で、チェックインの順番を待つのだった。  カウンターの向こうに立つフロントマンたちは、充分すぎる程わかっている。列を作る彼らの不機嫌は、待たされる時間が長くなれば苛立ちへと変わり、ついには怒りとなってしまうことを。 「いらっしゃいませ。ようこそ、マツビシホテルへ」  だからフロントマンたちは、最上級の笑顔で彼らを受け入れる。チェックインカードに記入している間に、素早くパソコンのキーボードを叩き、宿泊数、部屋タイプなどの予約内容を確認する。料金を提示したあと、「今日も暑かったですね」などと声をかけながら、受け取ったクレジットカードを端末機に通し、クレジット明細と領収書を差し出すのだ。 「ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」  最後にルームキーを手渡しながら、心地よい声と笑顔を投げかける。無駄のない動きと、自信とプライドに満ちたその笑顔に、客の顔もいつしか満足そうな笑みに変わる。  もし、フロントマンたちの動きに少しでも躓きがあれば……、例えば、予約をすぐに見つけられないとか、領収書の宛名が間違っているとか、そんな理由で客を待てせてしまったら、彼らの苛立ちは怒りへと姿を変え、そしてそれがクレームへと繋がることも少なくはないのだ。  
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!