口癖

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口癖

 幼い頃から、父親の背中を見ていた。油まみれになって工具を手にする父の姿は幼い孝志(たかし)には不思議な光景だった。 「どうしておとうさんはいつも油まみれなの?」  そう尋ねると、黒っぽく汚れている顔をこちらに向けて、屈託のない顔で笑うのがいつもの流れだった。 「父ちゃんはな、車のお医者さんだからな」  どうして、と何度も問いかける自分の息子に呆れもせず毎度毎度こう返答をするのだ。現に、ぼろぼろだったり傷ついたりどこか悪い状態の車が、父の手にかかれば綺麗に治ってお客の元に帰っていくのだ。 父は、車のお医者さんであった。
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