―序章―

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 ひっそりとした階段を(くだ)りきり、見通しのきかない店内に入ると、今日のあのひとが(えら)びそうな席へと躊躇(ためら)うことなく進んでいく。壁際がいいとか、(かど)の席が()()くとか、トイレの近くが便利だとか、(かず)()さんはその日の気分で座席を(えら)ぶ。  ()(よう)な選択肢のうち、オレは入り口に腰を()えるユッカ・エレファンティペスを右折して、ふたつめの通路を左に入った。すると見慣れた姿はいとも簡単に目に(うつ)り――……。 「――ビンゴ」  こういうとき、オレはほんの少しだけ満足感を(おぼ)える。  人付き合いが苦手なうえ、()不精(ぶしょう)(かず)()さんを()れだすのはオレの(やく)()だと()()してから、どれくらい()つのだろう。『面倒(めんどう)くさい』とぶつぶつ文句を言いつつも、それでもオレがしぶとく強引に(さそ)うと――強引というのが重要なキーワードである――ちゃんと、でてきてくれる。  (かみ)()(りく)。オレは大学3年生になった今でも、(かず)()さんの、りく、と()ぶ声を聞くと、まだこのひとに必要とされている気がして、なんとなく安心するのだ。
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