―序章―

4/7
902人が本棚に入れています
本棚に追加
/201ページ
(おせ)えぞ、(りく)」  鼻先が(かく)れるほど、ぐるぐるに()いた白いマフラーをするりと器用に()きとった(かず)()さんは、ダブルボタンのハーフコートをもそもそと()ぎながら(かん)(ぱつ)()れずに文句を言った。 「だから(いや)だって言ったんだよ。めちゃくちゃ()んでたじゃねえか。休日なんて家でゆっくりするのが一番だ。ったく、買わないくせに(さそ)うなよ」  大仰(おおぎょう)(した)()ちをしながら、紙袋に入った大量の書籍をどさりと床に置く。  ()()(じん)だ。  この程度でそう思ったら、このひととは()ごせない。  ()(びん)なオレには目もくれず、(かず)()さんはそそくさと紙袋の中身をチェックしながら、なにごとかをひとりぶつぶつと確認している。細い指でぱらぱらとページをめくるたび、紙とインクの()じった(にお)いが()(こう)をかすめ、ふわりと消える。  オレはこういった(かず)()さんの何気ないしぐさをながめるのが、とても()きだ。  冬風にさらされた小さな耳が、ほんのりと赤く()()っている。ちらりと見上げた(うわ)()遣いの大きな瞳、それにかかった長い(まつ)()、まばたきするたびに()れるほのかな(がん)(こう)。  その(よう)姿()(なが)きに見慣れたオレでさえ、思わず(くぎ)()けになってしまうことすらある。だのにそのくせ、マフラーに負けず劣らずの色白い肌に()える()()()の小さな唇は、いつもどこか不満げにへの字に(つぐ)まれている。 「……もったいない」  そう思うのは、オレだけではないはずだ。
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!