902人が本棚に入れています
本棚に追加
/201ページ
「遅えぞ、陸」
鼻先が隠れるほど、ぐるぐるに巻いた白いマフラーをするりと器用に抜きとった和樹さんは、ダブルボタンのハーフコートをもそもそと脱ぎながら間髪入れずに文句を言った。
「だから嫌だって言ったんだよ。めちゃくちゃ混んでたじゃねえか。休日なんて家でゆっくりするのが一番だ。ったく、買わないくせに誘うなよ」
大仰に舌打ちをしながら、紙袋に入った大量の書籍をどさりと床に置く。
理不尽だ。
この程度でそう思ったら、このひととは過ごせない。
不憫なオレには目もくれず、和樹さんはそそくさと紙袋の中身をチェックしながら、なにごとかをひとりぶつぶつと確認している。細い指でぱらぱらとページをめくるたび、紙とインクの混じった匂いが鼻腔をかすめ、ふわりと消える。
オレはこういった和樹さんの何気ないしぐさをながめるのが、とても好きだ。
冬風にさらされた小さな耳が、ほんのりと赤く火照っている。ちらりと見上げた上目遣いの大きな瞳、それにかかった長い睫毛、まばたきするたびに揺れるほのかな眼光。
その容姿は長きに見慣れたオレでさえ、思わず釘付けになってしまうことすらある。だのにそのくせ、マフラーに負けず劣らずの色白い肌に映える淡紅色の小さな唇は、いつもどこか不満げにへの字に噤まれている。
「……もったいない」
そう思うのは、オレだけではないはずだ。
最初のコメントを投稿しよう!