金の葡萄

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 仕事場であるフレンチ・レストランに着いた。La Chat Noir、フランス語で黒猫と呼ばれるレストランが私の仕事場であって、今の私のバトルフィールド。クローズドの札が掲げられている店内をガラス越しに見たら、すでに給仕主任の森田さんがテーブルクロスをディナー用に変えているのを見ると背筋がいっそう伸びるのを感じ、裏口にまわって、休憩ありがとうございました、戻りました、と誰に言うでもなく声をかけた。 「高橋さん、今日のディナーの子羊のローストに変えてみたんだけど、ワインはどれがいいかな?」 「試食させてもらってもいいですか?」  スー・シェフの市ノ川さんが、いいよ、厨房まで来てくれる? と言うので私は彼の後ろについて行った。昼休みが過ぎて、厨房のなかも少し忙しなくなってきていた。 「今日のまかない、なんだったんですか?」 「カレーだったよ」 「市ノ川さんのカレー、食べてみたかったな」 「カレーはまかないの定番だから、いつでもまた食べられるって」  私はこの夏、黒猫に職場に決まって、まだまだ黒猫の味を舌で覚えていないこともあるのだから、なるべく黒猫で出される食事はまかないを含め覚えようと思っている。休憩室にはカレーの残り香があって、亜希のせいでお昼ごはんをあまり食べられなかったことを悔やんだ。     
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