黒髪の神官長

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 家に帰ればいくらでもあるとでもいうような口ぶりに、思わず小さく笑ってしまう。金貨一枚あれば、親子三人がひと月、働かずに食べていける金額だ。やはりこの男は少し感覚が鈍っているのかもしれないと思う。  筋肉の付いていない身体と月の光のように青白い身体は、雑多な街の中で明らかに浮いていた。自分よりもあの若い男の方が、外から来た人間のように見える。  ここがガムカならばすぐにかどわかされてしまうだろうとジャムシードは思う。長い一枚布を優雅に纏うトーガはアルスの国では一般的な服装だが、男が纏っている布は上等だ。育ちは悪くないだろうから、身代金が取れるかもしれないし、見た目の良さから奴隷として売ることもできるだろう。  ガムカより格段に治安の良さそうなこの国ではどうなるのか。興味をそそられたジャムシードは、青年から少し離れて、一緒に坂道を下った。青年は子どものように寄り道を繰り返し、もの珍しげにきょろきょろと落ち着かない。  浜に向かう階段を選んだ青年は、鼻をひくつかせて大きく息を吸うと「生臭い」と呟く。臭いと言いながらも、顔つきはやけに嬉しそうだ。 「……これが海なのか」  その言葉で、ようやく青年が初めて海に来たらしいことを知った。先ほどの女が言っていたように、この男の頭が少し弱いのならば、そのせいで今まで屋敷の外に出して貰えなかったのかもしれない。     
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