1 チョコの好きなもの

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1 チョコの好きなもの

 ぼくが世界で1番大好きなのはちーちゃんだ。  ちーちゃんは優しくて温かくて、ぼくを撫でてくれる手のひらからはポカポカとした太陽の日差しみたいな匂いがする。その手で背中や頭やお腹を撫でられちゃうとぼくはもう最高の気分になって、気がつけば地面に転がって地球とおしくらまんじゅうしているんだ。  ぼくが世界で1番大きらいなのはタクだ。  タクはてんで弱虫。ぼくを見るたびにビクビクして、吠えてやるとすぐに「ひっ」と驚いて自分よりも小さなちーちゃんの背中向こうに隠れようとする。オスとしては何とも情けない姿だし、勇気を出してぼくに触った手もゴツゴツしていて全然気持ちよくない。  でさ、その大好きなちーちゃんとタクが「ケッコン」なんてものをするらしい。ちーちゃんの話を聞いてみるとどうやらそれは「つがい」になるということらしかった。  ぼくたち犬には「ケッコン」なんて宣言をしなくても「つがい」にはなれる。いい香りのするメスに近寄って、クンクンお尻の匂いを嗅いで、あとは本能の赴くままさ、なんて言っていたのを動物病院で隣にいたおじいちゃん犬に聞いたことはある。でもぼくはその後すぐに去勢手術とやらをされちゃったからもう一生「つがい」となる相手に出会うことはできない。  でもそんなのはどうでもいいさ。だってぼくにはちーちゃんがいるからね。  ちーちゃんが大好きだ。  たくさんいる他の兄弟たちの中から、ぼくをすくい上げてくれたちーちゃん。 「わあ、短い前足」  初対面でちーちゃんはそう言ってぼくのプクプクとした前足を見ていた。抱き上げられているぼくはピンとその前足を張って、突然高くなった視界に戸惑っていたんだ。 「ミニチュアダックスだからね。この子はこの兄弟の中でも1番のやんちゃっこだよ」  今はもう覚えてもいないぼくのお母さんの飼い主さん。ちーちゃんはその人の知り合いだったらしい。ちーちゃんはまるでぼくしか見えていないかのように、最初にぼくを抱き上げたまま満面の笑みをこぼしてくれた。 「この子、可愛い。この子にします」  そう言って抱きしめてくれたちーちゃんの大好きな笑顔を、ぼくはずっと見ていたいと思うんだよ。
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