誰も居ないその道を

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    それは日常の風景だった。  穏やかな日曜の午後。リビングに置かれたテレビには、毎週昼過ぎに流れているドキュメンタリー番組だろうか、美しい海の映像が映し出されていた。  夏も終わりだというのに日差しが強い。部屋の明かりを付けずとも、太陽光がダイニングキッチンの薄いカーテンを透かしてフロア全体を照らしている。外では蝉たちが最後の命を燃やすかのように鳴いており、テレビの音声と合間って心地よいBGMとなっていた。  今日のために買っておいた、業務用サイズのアイスを丸くくり抜き皿に落とす。その上に今朝ベランダで摘んだミントの葉も添えた。  どちらかと言うと、今日はミントありきのデザートだ。一枚手に取って口にしてみると、少し固いけれど爽やかな香りが口に広がる。庭のハーブ菜園の第一弾はどうやらうまくいったようだ。  ――なあ、今週末有給を取るからどこか行こうか。ちょっと遅い夏休みだけどさ。前から行きたかった場所があるんだ……。  陽介の声がする。テレビに触発されての話だろう。顔を上げると、リビングのソファーに座る陽介の未だ寝癖の付いた後ろ姿が見えた。  土曜も出勤の陽介は、日曜が束の間の休日だった。それすらもクライアントからの無理な依頼で潰されることもしばしばだ。私には勿体なさ過ぎるこの広い家で、この恵まれた環境で、私にできることといえば彼を全力で労わることだけだった。  ――無理しなくていいよ。その分平日が辛くなるんでしょう? こうして日曜に、家で二人でゆっくり過ごせれば十分だよ。  スプーンと、ついでに朝ごはん用に買ってきておいたフレークを賑やかしに盛り付け二皿が完成する。甘党の彼には足りないかもしれないな、と思いながら、戸棚に買い置きしていたチョコレートやビスケットに心を巡らす。  それきり、陽介の返事は無かった。  
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