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夜の風が優しく頬を撫でていく。
足を投げ出し、眼下に広がる車のヘッドライトが織り成すイルミネーションを眺めながら、彼女は呑気にも口笛を吹いている。
彼女が座っているのは、高層マンションの屋上だ。
誰もが震え上がる高さであるにも関わらず、彼女はプールに足だけを入れて水遊びをしているかのように、フェンスの外側でリラックスしている。
ここから落ちればどうなるか、分からない歳ではない。
最も汚い終わりが待っているだろう。
もしかしたら、全く知らない第三者を巻き込むかもしれない。
だが、その全てが彼女にとってはどうでも良いことだった。
もう疲れたのだ。
気にする事も、考える事も、生きる事も。
極端な考え方かもしれないが、息をする事すら、彼女は億劫になっていた。
時刻は午前2時。
目の前の、まん丸に光り輝く満月が、スポットライトのように彼女だけを照らしている。
両手を広げ、目を閉じた。風の音しか聞こえない。
あとは、体の力を抜けば楽になれる。
一度、軽く最後の呼吸をして、彼女は体を前に倒した。
「…………」
一瞬の激痛は、いつ襲ってくるのだろう。
それとも、すでに終わったのだろうかと錯覚する。
彼女だって、死がそれほど安らかなものではないと思っている。
それに、いまだに頬に風を感じた。
何かがおかしい。
体が浮いているような感覚に不安を覚え、ゆっくりと目を開けて――彼女は思わず絶句した。
眼下の景色は、何一つ変わっていなかった。
変わっている事があるとすれば、自分自身が座った姿勢ではない事だ。
さっきまで感じなかった恐怖心が、じわじわと体の中を這い上がってくる。
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