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私に残されたのは携帯電話に届いた短い動画だけ。
彼は永遠に手の届かないところに行ってしまって、もう戻らない。
誰かを助けようとしていたとか、必死に呼びかけて回っていたとか、後になっていろんな目撃情報を耳にした。
波に呑まれて消えたあと、どうしても見つからなくて、生きているか死んでいるかすらわからない彼のことを、私はどう思えばいいのだろう。
「もうすぐ春だな」
自撮りなんかしたことない照れ屋な彼が、画面の中で顔を赤らめ、はにかみながらこちらに向かって喋っている。
「つきあい始めて10年になるけど、おまえと一緒にいない自分って変な感じする。パーツが欠けてるっていうか……この何ヶ月かでしみじみ思った」
「私もだったよ」
思わずつぶやき、言い直した。
「私も、だよ」
視界がぼやける。
もうどれだけ泣いたかわからないのに、涙が出尽くすことはなかった。
「帰って来る日は迎えに行くよ。大事な話がある」
彼は真剣な目をしていた。
高校のとき部活の試合で見せていた表情に似ている。
きっと波に呑まれる前の数十分も、こんな目をして消防団員の責務を果たそうとしていたに違いない。
「その……こういうことは顔見て話したいからな」
頭をガシガシ掻いて、彼は照れ隠しのようにハハッと笑った。
私が就職した地元企業は前の年、販路拡大のため東京に出張所を設け、営業成績の良かった私は一年間という約束で長期出張させられた。
思わぬかたちで遠距離恋愛になり、家業を継いだ彼は学ぶべきことが多く、私も出張所の立ち上げに忙殺されて、なかなかゆっくり会えなかった。
だから私は時々、メッセージ動画を自撮りして彼に送っていた。
彼は喜んだが、私にも何か撮って送ってよと言うと、恥ずかしいから嫌だと拒むのだった。
春になれば、出張が終わって地元に帰れる。
その日はまもなく来るはずだった。
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