【第三章:風の狩場とカルマの谷 六】

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【第三章:風の狩場とカルマの谷 六】

 どこかで聞いたような歌詞だな、と暗闇を照らして美しく燃え上がる薪の炎を見つめながらスズは気がついた。  そして「ああ、この世界に来たばかりの時に読んだ、子ネコ用教科書の神話に似ているんだ」と、皆と唱和しながら思い返す。  この世界の歌はギンコからいくつか習ってはいるのだが、これは今夜初めて聞く歌だ。  夜の早い時間ではあるが、辺りはすでにかなり暗く、ふと見上げれば澄んだ夜空には宝石を流したかのような天の河が輝いている。  時折火花を散らす太い丸太の薪は、八角系に組み合わされてはいるのだが、地球での林間学校のキャンプファイアーのそれにとても良く似ていた。  その周りを囲むのも、林間学校のキャンプファイアーと同じく、いつもとは違う土地で何かを学びに来た三十人ほどの子供たちと、それを教える数名の教師たちだ。  炎の北側、環の出発点にはこの郷の長であるマヌルが座しており、その左隣からは子ネコたちが年少の者から順に時計回りにぐるりと炎を囲んでいる。  スズやフーカたちは最後尾に近い場所に並び、環の終着点は、マヌルの配偶者であるウルルで閉じられていた。  唱和の先頭に立って歌っているのはスズの左に座るギンコで、歌いながら小さなギターとハープがセットになった『アムドゥス』という楽器で、簡単な伴奏も弾いている。  歌詞の意味が素直に伝わるスズや、聴く者の心を虜にするブラッドの声とはまた違うのだが、歌の種類や登場人物によって自在に変化するギンコの声音には、いつの間にか物語の世界に入り込ませる不思議な魅力が溢れていた。  やがて「世界の全てが、愛に還る」と最後の一節を歌い終えると、パフパフとした可愛らしい拍手とゴロゴロ音が、冷えた谷風と炎の熱の混じり合った心地良い夜の空気の中に響き渡った。 「歌や詩で世界の真理を伝えるこのお仕事、ほんと最高だね!」  ギンコは楽器を膝の上に置いて満足そうに微笑んだ。 『吟遊詩人が天職』だという彼の正直な気持ちだろう。  スズも笑顔と拍手で返した。 「ギンコ君、すばらしい歌をありがとう。  君の歌を楽しみにしている子もたくさんいるのだよ」  そう言いながらマヌルがゆっくりと立ち上がった。
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