39-6.史上最強のマインドコントローラー・ナザレ(6)

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39-6.史上最強のマインドコントローラー・ナザレ(6)

 両手にスカルペルナイフを持ったカナは、緩やかに傾斜した道を走り出した。その速さは常人どころか悪魔すらも凌駕するもので、あっという間に地図に示された地点に到達する。  そこもシリオの群生地で、木材を組み合わせただけの簡易の小屋が建っていた。小屋の中ではアサルトライフルを持った三人の男が監視の任務に就いている。  男たちは異常な速度で近づいているカナに気づくと銃を撃ってきた。しかし、弾丸の大半は短躯の男をかすりもせず、当たっても衣服に穴が開くだけで効果が無い。 「人の一張羅(いっちょうら)を台無しにしやがって」  カナは苦笑しながら立ち止まり、両手を前に伸ばした。その途端、彼の両手が金色に輝くと、手首から先が三人のマフィアめがけて伸びる。  常識的にはあり得ない事態に、三人のマフィアは一瞬だけ硬直した。その隙にスカルペルナイフを持った両手は彼らの身体の前面で複雑な動きをする。  一秒も経たず、三人のマフィアの顔から皮が剥がれ、筋肉が剥き出しになった。腕や胸を覆っていたはずの衣服もズタズタになり、その奥にあった皮膚もナイフで刻み目を入れられ身体から引き剥がされる。  生きたまま皮を剥がされたマフィア達は、想像を絶する苦痛に絶叫した。しかし、彼らが何かを言う前に、伸びた手に握られたナイフが喉元を抉る。  マフィアたちは小屋の床に血を撒き散らしながら失血性のショックで絶命した。カナが息を吸うと、伸びた手は縮んで元の位置に戻る。 「いまいち刻みが甘かったな。香油をいつも使えれば、こんなことにはならないんだが」  短躯の男は、そう言いながら前方を確認した。数百メートル先には、建設現場で使われる、仮囲いがされた建築物があった。  カナはわざとゆっくり歩いて仮囲いに近づいた。すると、金属製の板の隙間から銃口が出てくると射撃が始まった。  カナの上半身に弾丸が当たったが服に小さな穴が開いただけだった。 「うちの教団が貧乏でも、服の交換ぐらいはしてくれよ」  短躯の男は笑いながら建物の周囲を回ってスペイン語でマフィアを挑発する。 「お前ら聞こえるか? 〝毒麦〟を束ねて燃やしに来たぞ! 逃げても無駄だ。お前たちの幹部にやったように、生きたまま皮を剥いで解体してやる。楽しみにしていろ」  カナに煽られた犯罪者たちは、建築中で放置された建物から逃げだそうとしなかった。それどころか、銃撃してくるライフルの数が一〇倍近くなる。  カナの衣服はもはやボロボロになっていた。しかし、着ている本人はかすり傷一つ受けなかった。  そこに、ナザレが作った〝鳩〟が空から降ってきた。本物よりもずっと小さな鳩は、仮囲いや建物の壁を通過すると、カナに向かって銃を撃っているマフィア構成員や、彼らの背後で指示を出している幹部の額から彼らの脳内に侵入して消えた。  鳩たちが姿を消すと、銃撃を止めたマフィアたちは互いに顔を見合わせ歓喜の涙を流し始めた。彼らは泣きながら互いに慰め合い、仮囲いに設置された入り口を開けてカナの前に現れた。 「相変わらず、主の〝不思議〟はエグいな」  いい歳をした男たちがむせび泣く姿を見ながら、カナは眉をひそめた。彼の前で、マフィアたちは二つのグループに分かれる。  一つのグループはその場で銃を捨てて全裸になり、砂漠に跪いた。もう一つのグループは銃を構え、膝を突いた男たちの額と胸を撃って殺していく。  処刑が済むと、殺していた側の半数の男たちが銃を捨てて全裸になり、その場に跪いた。残りの男たちは、一回目と同じ手順で無抵抗の仲間を射殺する。  二回目の処刑が終わると、三回目の処刑が行われ、その次に四回目の処刑が行われると、生き残ったマフィアの数は二人まで減っていた。石ころだらけの砂漠には、全裸の死体が幾つも転がっている。  そこに大股でナザレが現れた。彼は死体を一瞥してからカナに問いかける。 「残りは二人だよね?」 「恐らく」 「焼いた〝毒麦〟はどうする?」 「生き残りに処理させるか、俺と後から来るベツサイダで処分するかでしょう」 「どっちの方が早く済む?」 「俺の方が早いでしょうね。ここから四キロほど東に川があります。細かく刻んだ〝毒麦〟をそこで流せば証拠は残らないでしょう」 「では、そうしよう」  ナザレは頷くと、生き残りの二人と顔を合わせた。威厳のある男と視線を合わせただけで、二人のマフィアは恍惚の表情で失禁する。 「申し訳ないが、僕には人殺しは無理だ。正しい人は暴力を振るわないからね。それから、うちの教団では自殺は禁じられている。だから、僕が〝一二の三〟と言ったら、お互いの頭を撃って欲しいんだ。これで問題は解決する。いいかな?」  ナザレからスペイン語で説明を聞いたマフィアたちは、感激して深く頷いた。彼らは向き合うと、お互いの額に持っていた自動小銃を向ける。 「それじゃ、始めようか。一、二の三!」  ナザレが手を叩くと、マフィアたちは躊躇なく引き金を引いた。銃声が響き、二人の男が地面にくずおれる。 「主よ。これからどうしますか?」  全ての犯罪者の息の根が止まると、カナはお互いを撃ち合ったマフィアの手から、死後硬直が起きる前に自動小銃を取り上げた。短躯の男を見下ろしながら、ナザレは今後の作業を思案する。 「女たちを力仕事には使えない。マグダラが怒るからね。それに、ベタニアは〝毒麦〟の亡骸を見ただけでひきつけを起こすだろう。彼女は優しい子だ」 「では、ベツサイダが来るまで俺が銃と弾薬を集めておきますか?」 「まさか!」  ナザレは笑って首を振った。 「僕も手伝うよ。何もかも弟子だけにやらせるような性格じゃないのは、君だって承知しているだろう? これは神の国を作るための事業の一環だ。僕が座って見ているだけでは意味が無い」 「主よ。仰る通りです。それでは、弾丸のありかを探しに行きますか」  カナもつられて笑うと、二人は連れ立って仮囲いの中に入っていった。
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