39-4.史上最強のマインドコントローラー・ナザレ(4)

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39-4.史上最強のマインドコントローラー・ナザレ(4)

「今回は……〝ナルドの香油〟の原料がたくさん集まりました。悪魔たちが……こ、こ、殺し合いをしたからです」 「私も映像を見たわ。二〇〇以上の悪魔が殺されたんでしょう?」 「はい。で、でも私は映像を見たくない……です。怖いので」 「ベタニア。安心しなさい。貴女はそんなものを見る必要は無いわ」  ベタニアと呼ばれた少女は、ほっとした面持ちになった。彼女は両手で大切そうに抱えていた壺を持ち上げる。  壺はマグカップ程度の大きさで、白い石で出来ていた。ベタニアが壺の蓋を開けると、その中には真っ黒な塵がたっぷり入っているのが見える。 「み、見てください。これだけあれば……何年も聖者が活動を続けられるだけの、の、の、香油が作れます」 「良いね。僕も少し頑張った甲斐があったよ」  ベタニアの説明を聞いたナザレが、後部座席を振り返った。マグダラは口を半開きにすると、威厳のある男を問いただす。 「ナザレ。それは、どういうこと?」 「悪魔たちの戦いを見学に行ったんだ。えーと、なんだっけ? ホワ、ホワ……」 「ホワイトプライドユニオン?」 「そう、それだ! そのホワイトプライドユニオンの悪魔になりすまして、魔界に顔を出したんだよ」 「アタシ、その話を聞いたの初めてなんだけど」 「君に話したら反対するに決まってるからね」 「じゃあ、さっき教会の前で話をしていたとおり、白人のフリをしていたってこと?」 「そうだよ。見てみたかったんだ。悪魔になっても、まだ肌の色にこだわっている連中をね。みんな、意外と一生懸命頑張ってたよ」 「そりゃそうでしょう。負けたら皆殺しにされるのを分かっていたんでしょう?」 「そうだね。ちょっと一方的な戦いになりそうだったから、助力しちゃったよ」 「人種差別主義者に? 嘘でしょ?」 「彼らが間違っているのは知っている。でも、同じ肌の色をした隣人のために戦っていたのも事実だ。それに比べると、敵の悪魔たちは酷かった。えーと、魔界日本の地頭方、地頭方……」 「地頭方志光。魔界日本の棟梁ね」 「そう、それだ! 彼は利己的すぎる。自分の安全を確実なものにするために、敵の皆殺しを言い出すなんて度を超してないか?」 「悪魔なんだから当然でしょう?」 「そうかな? とにかく、僕は自分の正体がバレない程度に遊んだよ」 「何をしたの?」 「魔界日本で偵察役をしている悪魔に、ホワイトプライドユニオンの魔物を隠してやったんだ。後は現実世界にあった坑道でも機関砲を隠してやった。敵は目を白黒させてたよ。相手の被害も増えた。万々歳だ」 「私は貴男が心配よ、ナザレ。そんなことをしていたら、いつか貴男の存在が悪魔たちに気づかれるわ」 「あいつらに? 無理無理。誰も気づきやしないよ」 「どの口が言ってるの? 貴男はつい最近、悪魔から正体を暴かれかけたじゃないの?」 「そうだっけ?」 「そうだけっけって……忘れていたの? 冗談でしょう?」 「覚えているが、あれは偶然が重なっただけだ。まさか、〝僕たちの時代〟を専門にしている歴史家が、悪魔化するとは思ってもいなかったんだよ。名前は確か花、花…………」 「花澤神子よ。まあ、貴男が殺した悪魔の名前を覚えているとも思わないけど」 「マグダラ! 冗談は止めてくれ。僕は正しい人だ。悪魔でも殺さない。ただ、何となく死んだんだ。だから、名前はよく覚えていない。彼女と仲の良かった悪魔の名前は覚えているけどね。地頭方一郎だ。悪魔にしておくには、勿体ない男だったな。しつこく僕を追い回すから、あんなことにならざるを得なかった」 「一応訊いておくけど、地頭方志光が地頭方一郎の息子だと言うことは理解しているわよね?」 「知ってはいるが、僕にとって息子はどうでも良い存在だ。一郎は殺された部下の復讐をしようとして僕たちの存在に気がついたが、保身しか頭にない二代目じゃ、そんな芸当は不可能だろう。名前も覚える必要が無いぐらいの、どうとでも良い存在だ。ただし、口約通り敵を皆殺しにしたのは認めよう。お陰で僕たちは〝ナルドの香油〟の原料を大量に手に入れられたからね。シコー様々だ。感謝はしないが」  ナザレは肩をすくめてからシートベルトを外した。 「車を降りよう。ベタニアに香油を作って貰うには、ここは手狭だ」  彼はそう言うと、車のドアを開けて助手席から降りる。  威厳のある男に続いたのはカナだった。短躯の男は車外に出ると、周囲を見回して廃墟に人気が無いのを確認する。  カナの後から出てきたのはベタニアで、彼女の後を真っ白なヴェールを被った女性が従った。二人の女性が車外に出ると、最後にマグダラが車のエンジンを切ってドアを閉める。  一行はカナを先頭に廃墟に入り込んだ。高速道路から見られない位置まで来ると、ベタニアが白い壺をマグダラに渡す。 「……じゅ、準備を始めますので、お願いします」 「待ってるわ」  教団の二番目から了解を得た少女が、頭に巻いていたスカーフをほどくと、中からくるぶしまで届く真っ黒で長い黒髪が現れた。 「あ、ありがとうございます」  礼を述べたベタニアは壺を取り返し、それを両手で胸元に当てる。  長い黒髪の少女が何度か深呼吸をすると、彼女の全身が青白く輝きだした。チェレンコフ放射を思わせる光は、やがて真っ白な壺に集約されていく。  次の瞬間、一転して壺が金色に輝きだした。すると、廃墟の中に甘い匂いが充満する。 「聖化が起きている。〝香油〟だ。いつ見ても美しい……」  壺に起きた変化を見たナザレが、陶然とした面持ちで声を上げた。 「で、で、できました……」  やがて壺が輝きを止めると、ベタニアは蓋を開けて中身を開陳する。  壺の中には粘度の高い液体が入っていた。液体は長く見つめるのが難しいほど、金色に眩しく輝いている。
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