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零(九)、 プロローグ ―涙の理由―
自転車のペダルをふみこみ、目の前に伸びる坂道を一気にかけ上がった。
高校に入ってから毎朝のぼってきた坂だ。
立ち並ぶ桜の木が青々と茂っている。風はない。
この土地特有の湿気を含んだ空気が、夏の終わりにもかかわらず肌にまとわりつく。
自転車を停めて駐輪場を出ると、正面に体育館、その左手前に弓道場がある。
三年前に改築されたモダンな校舎とは対照的に、半世紀という歴史を刻んだ弓道場は
ひっそりとそこにたたずんでいた。
弓を引き始めて以来、今朝はだれよりも早くここへ来るつもりだった。
昨日、夏目彼方(かなた)と笑いあったとき、そう決めたんだ。
なのに、いきなり先を越されてしまった……。
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