夫婦間の隠し事

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夫はつーくんと呼ばれていたのか。 その可愛らしいカードを見つけた時、まず最初にそう思った。 彼と出会って十年ほど経つし、私も同じ「塚本」姓を名乗るようになってもう四年になるけど、そんな呼び方は今まで一度も聞いたことがない。 そのカードが挟まれていたのは、夫が昔から好きだと言っていた小説の中だった。私がこれまでその本を一度も手にとったことがなかったのは、あまり読書が好きではないことと、海外文学は名前が覚えにくくて苦手だという理由からだ。 だけど昨日読んだファッション誌のインタビュー記事で私の好きな俳優がこの本を絶賛していたので、少しだけ興味が湧いて、初めてその本に手を伸ばしてみた。まさかこんな出会いが待っているとも知らずに。 夫とは大学で出会った。同じ学部だった彼とは一年の頃から顔見知りで、三年で同じゼミになって話をする機会が増え、それがきっかけで付き合うことになった。 私が初めての彼女だったと聞いていたし、彼の言動からしてそれを疑ったことはない。しかし、このカードに書かれた少し丸みのある文字はあきらかに女のものだった。 このカードの送り主は、いったい誰なのだろう。 随分親しげな口調だし、頻繁に会っていたような内容だ。次に会えるのが春休みということは、これが書かれたのはお正月あたりだろうか。大学の頃、彼は長期休暇のうちの数日は関西の実家に帰省していた。帰省の度に地元で必ず会っている人がいたのだろうか。そんな話は聞いたことがない。 もうひとつ気になるのは、歌のことだった。 確かに夫は歌がうまかった。だけど私が彼の歌をきちんと聞いたのは一度だけだ。大学の頃もカラオケはそんなに好きではないと言って避けていたので、私と同じで歌が苦手なのかと思っていたら、結婚する少し前に彼の地元で彼の親友の橋本さんとカラオケに行くことになり、初めて歌声を聞いて上手で驚いた。 仲間だと思っていたのに騙されたとそのときは笑い話になったけど、彼も橋本さんもうまいから私はただ聞くだけになってしまった。しかし彼はこんなにうまいのになぜ歌が好きではないのかと不思議に思ったし、どうして今まで歌わなかったのかとも思った。何か事情があったのかと少し気になったけど、結婚準備のことでバタバタしていたのですぐに忘れてしまった。
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