29(承前)

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 耳元のスピーカーからジャクヤの声で真言が低く聞こえた。なにをいっているのかはわからない。だが、なんらかの呪法を使用するための呪文なのだろう。するとさっと濃い霧がかかったかのようにジャクヤの身体の輪郭がおぼろになっていった。至近距離で見ているタツオにも天童家の少年は、人なのか、なんらかの自然の化身なのか判別できなくなった。100メートルも離れていたら、白い霞のようにしか見えないだろう。  ゆらゆらと揺れながら、霧のようなジャクヤがゆっくりとマルミに向かっていく。狙撃銃用の弾薬が入った背嚢を脱がせ、狙撃銃を拾う。 「マルミちゃん、そこでゆっくり休んどくとええよ。ぼくが仇はとったるから」  マルミは泣きながら、うなずくだけだった。狙撃銃はジャクヤが抱えると、一瞬で形がわからなくなった。あの術はなんなのだろう。兄・継雄がつぶやいた。 「驚いたな。天童少尉はあんな特殊能力があったのか。報告書にはなかったぞ、タツオ」 「こっちだって、あんなもの見せられたのは初めてだ」
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