白箱のスターチス

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「ところで、どうしてこの足はこんなに痛いんだろう。」 「家で転んだんですよ。」 「まったく覚えてないなぁ。」 看護婦さんは「覚えてないんですね。」と言いながら、ベッドの隣の台に置いてある荷物を整え始めた。時計の向きをしっかり僕が見える所に置き、カレンダーの11日にバツ印をつけた。22日に赤い丸印がついていて、何かの祝日だっただろうかと聞くと、看護婦さんは少女のような笑みを浮かべて「11月22日はいい夫婦の日なんです。」と答えた。(可愛い人だなぁ。)僕は誰に言うでもなく心で呟いた。 「はは。いい夫婦の日かぁ。僕には縁のない日だなぁ。」 「あらどうしてですか?」 「僕はまだ結婚していないから。いい相手に出会えればいいんだけど。」 (あなたのような。)なんてキザな事を言えたらいいんだろうけど、とてもじゃないけど僕はそんなことを言えるような男ではない。看護婦さんはしばらくカレンダーを眺めると、戸棚の中を確認してから「それじゃあ、また来ますね。」と僕に手を振った。 「次はいつ来てくれますか?」 思わず問いかけてしまった。これじゃまるで寂しいみたいな物言いじゃないか。聞いてから恥ずかしくなって顔を背けようとすると、看護婦さんはやはりあどけない少女のように笑みを浮かべた。 「明日、また来ますよ。」 また明日、来てくれると言った明日が、僕はとても待ち遠しくて仕方なくなった。年甲斐もなく、僕は、初めての恋をしてしまったようだった。
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