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実態はこの私立空高(そらたか)学園から委託されているフードサービス会社の調理師だが、そんなことは学生たちに関係ない。
彼らからしてみれば、白いコック服で安い料理を提供するだけの、ただのおっさんなのだ。
一年前まで内閣情報調査室の国際部に所属していて、主にロシア関係の情報工作をしていたエージェントだったとしてもだ。
自分で言っていて何だか腹立たしくなってきた。
なぜ俺がこんなところでクサってなきゃならないんだ。
「ホントうるさいよねー。メシん時ぐらいやめろっつーの」
俺のほうを見てくるから、一瞬、心の声が漏れたかと思って焦った。
あの清楚とはほど遠い女子生徒たちが眉間に皺を寄せて見ているのは、俺ではなく――俺の背後、学生食堂の調理室の奥にある壁だった。
この中央館の壁に亀裂が入っていて危ないとかで、急遽、今週から補強工事が始まったのだ。
叩く音、削る音、かけ声、重機のエンジン音。それらに混じって床も振動してくるから不快この上ない。
またイラついてきた。
それでもこの苛立ちが周りに移らないよう、クッキング・マネージャーなるよく分からん職務を全うするため、作り笑いを浮かべながらスタッフに指示し、生徒たちに愛想よくしながらようやく昼の営業を終えた。
遅めの昼食に入ったのは、一人きりになれる場所――調理室の奥にある冷蔵庫の前だった。
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