16、戻れないのに

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 着地すると、滑り止めが足裏の衝撃を吸収してくれる。  「OK、止めて」  東條は、水村にそう言うと、再生するように指示した。  「どうかな?」  今撮ったばかりの映像を、柳森に見せる。  「いいと思います」  東條の動きそのものよりも、3種類の演技の中の、最初にやった動きを完全に覚えていることに、柳森は驚いていた。  だが、東條は、もう一度再生させると、「うーん」と、腕を組んだ。  「腕の振りが弱いな。飛び込む時の瞬発力を想定してないから、途中で動きが止まってしまうのか。なあ、どう思う、柳森君」  「すみません。自分では踏み切りのタイミングしか意識してないので、それに合わせて助走しているだけなんです。選手によっては手の振り方も違いますし、今のままでも充分飛び込み前の演技に見えると思います」  「そうかなあ‥‥。いや、問題はさ、どこで柳森君の映像にスイッチするかなんだよね。まあ、飛び込み前の表情のカットは多少の演出が入るにしても、動きが違いすぎると、編集で繋がらなくなるからさ。もう一回やってみるから、水村君、撮っててくれる?」  東條は、イメージトレーニングしながら、スタートの場所へ戻っていく。  「編集は、監督次第なんですけどねえ。それより、高い所で出来るかどうかの方が問題なんだよなあ」  隣で見ている柳森に聞かせるともなく、水村が呟いた。  東條は、自分の動きを水村に撮らせては、何度もプレビューして自分にダメ出しした。  その違いは、もはや柳森にも判別できないほどだったが、些細なこだわりが、東條の動きを美しく見せているようにも思えた。  東條と顔合わせする前、彼のスタントをすると聞いて、柳森は、出演作品をネットで探した。芝居について全くの素人の柳森も、東條が出るだけで、画面がパァーッと華やぐのを感じた。  ネットにアップされた動画のほとんどは、ラブシーンやシャワーシーンだったが、泣いていても笑っていても怒っていても、どんな表情の東條でも、つい映像に引き込まれてしまう。特に、サッカーやバスケットボールをするシーンは、体全体にバランスのとれた動きをしていて、どの瞬間で停止しても、一枚の写真のように絵になっていた。
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