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 連弾で弾く曲目は、モシュコフスキー作曲のスペイン舞曲。苦手なロマン派の作曲家だ。恵里佳のテクニックに合わせて選曲したというのだが、素子はプロなみのきびきびとしたテンポで伴奏を弾くから、遅れないように合わせるだけでも大変だ。 「素子ちゃん、もう少しテンポ落としてあげて。あとは……」  幸子が曲の出来た背景を説明した。娯楽が少ない時代、連弾は家族や友人で楽しむための娯楽の一つだった。モシュコフスキーの曲は、演奏家のためというよりは、そういう目的で作曲された曲が多く、当時ベストセラーになったそうだ。 「昔は今みたいに気軽にデートなんて出来なかったから、連弾は、男の人と女の人が堂々と一緒に過ごせる貴重な機会だったのよ。仄かな恋心を互いの内に秘めて演奏したというわけね。二人とも、もっとくっついて座って。手を取り合ってみて」  言われた通りに素子と手を繋ぐ。 「だから弾いている時に腕が交差したり、手が触れそうになるんですね」  恵里佳が大発見をしたようにいうと、 「その通り。演奏中の接触はモシュコフスキーさんのサービス精神なのかもね」  幸子は、にこりとした。 「もう一度、一緒にダンスをするような気持ちで弾いてみて」  恵里佳は深呼吸すると演奏を始めた。伴奏に気持ちを添わせるようにして主旋律を弾く。素子も幸子の意図を素早くくみ取って、主旋律をリードする様な柔らかな伴奏を奏でた。     
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