第2章

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「充分、敬ってると思いますけどね」  笑いが収まらないまま、瀬名は俺へと煙草を差し出した。さっき外に出たのに煙草を買うのを忘れてしまった。瀬名から貰った煙草に火をつけ、空になったパッケージを握ってごみ箱に放り投げた。 「けど俺もここに来たばっかの時はやる気満々だったなあ。いつか街中に大々的に張り出されるような大企業の広告を作る! なーんて息巻いてた」  思い出すと青くて恥ずかしい。もちろんこんな話は誰にもした事はなかった。 「まあお前も知ってる通り、現実はそうはいかねえ訳だけど」  メーカーのように大規模な設備投資が必要ない分参入しやすい広告業界は、楠木企画のような中堅の企業から、従業員数名の小さな会社まで様々な中小企業が多く存在する。寡占業界ではないといえ、全国展開するような大企業の仕事は、やはり大手の広告会社が持っていってしまう。この世界に三年以上も身を置いていれば、諦めでもなんでもなく、それを端的な事実として受け止めていた。  だけど、決して腐っている訳ではない。規模が大きくても小さくても仕事は仕事。全力を尽くしてきたし、これからもそれは変わらない。 「俺らは俺らの仕事をきっちりやりゃあいいって事だな」  自分の仕事に信念も誇りもある。瀬名もそんな風に考えてくれればいいと思った。他人に自分の姿勢を強要するつもりはないけれど、自分が研修した所為だろうか、瀬名だけは自分と近い感覚でいてくれるような気がした。 「はい、そうですね」  同意を求めて隣を見ると、瀬名はいつもの微笑で穏やかに頷いてみせた。
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