迷える子羊

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携帯が何度も身を揺らしている事に気づいていたが、電話には出なかった。 相手が誰だか分かった。 院長ならきっと考え直すように言うだろう。 しかし、考えた結果が辞職だった。 そもそも、院長が自分を辞めさせたくない理由も分かっている。 利用されるのだけは勘弁願いたい。 彩香は黙々と大きめのバッグに衣類を詰め込んでいった。 荷造りが済むと駅前ターミナルに向かった。 JRタワーの前にあるターミナルから祖母の住む町に直行するバスが出ている。 3時間ほど時間は掛かるが、高いお金を払って人にもまれながら電車で帰るのは嫌だった。土曜の昼の便だから、多少乗員は多いかもしれないが、電車よりバスを選んだ。 高速道路を走って北海道のへそと言われる富良野(ふらの)へ向かう。 雪が解けていて良かったと思った。 冬場にバスで帰省しようと思ったらかなりの覚悟が必要だ。 天候が悪ければ高速道路は通行止めになるし、その時天気が良くても、その前日などに大量の雪が降ると道が(ふさ)がれて高速も一般道も走る事が困難となる。 一度、同じ道のりを冬場にバスで帰ったことがあった。その時、目的地まで7時間近く掛かった事と、車内で座りっぱなしであった事、雪で外の状況が分からないのにはさすがに苛立ちを覚えた。それからは、冬は絶対に電車に乗ると決めた。
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