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銀座通りの煉瓦街はまるで別世界のようだった。百貨店やカフェーが優雅に佇む。
整備された歩道に沿って街路樹が植えられ、ガス燈が並ぶ。外国を思わせるお洒落な通りは、千春の胸をときめかせるには十分だった。
両親に連れられ、小さい頃に一度だけ来たことがあるが、ほとんど素通りだった。なので今回が初めてといっても過言ではなかった。
お気に入りの朱色のリボンを揺らし、弾むように歩く千春の後ろを、圭が控えめについてくる。
路面電車が悠々と通り過ぎていった。
「圭。せっかくなんだから一緒に歩きましょう」
「いえ、僕は使用人ですので」
「いいのよ、今は。口うるさい人もいないのだもの」
「いけません」
頑として首を縦に振らない圭に、千春はだんだんともどかしくなってきた。
母が今回の休日を許可したのは、圭が一緒だからだ。
相沢家は江戸時代から日向家に仕える家系である。ゆえに使用人の心得というものを徹底して教え込むらしい。そのために母は相沢の人間を信頼しているのだ。
特に圭は大人びていてかしこい。千春に無茶はさせないと思ったのだろう。
ふと思い出す。ともに尋常小学校に通っていたころのことだ。帰り道、千春は転んで怪我をしてしまった。歩けないとだだをこねる千春を屋敷まで背負ってくれたことがあった。
あの頃に比べると圭は変わった。小学校を修了してからは、彼は使用人として本格的に仕事を始め、千春は女学校に進学した。
お互いの距離が遠くなった気がするのはそれからだった。
千春はおもむろに圭の手を取る。
「お嬢様……?」
「ほら、パーラーはすぐそこよ。行きましょう?」
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