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「あれ? ……ねえ、もしかして、白井さん?」
不意に左側の建物の方から声を掛けられて、香澄はハッとした。
もう、その時点で分かっていた。この声、このおっとりした話し方は、聞き間違えることなど絶対にない。
「清田先生。……どうして?」
砂浜を走って来るのは、すっかり陽に焼けて、細身でありながらもカッチリとした体つきになった清田だった。
「白井さんこそなんで? 今は関東に住んでんねやろ? 叔母さんに会いに?」
「同窓会の知らせがあって……」
「ああ、そっか。みんな君に会いたいやろうしな」
今、清田と普通に会話をしている事実に頭が付いていけないまま、香澄はとにかく声を出した。話し続けなければ、全て消えてしまうのではないかと思った。
「先生はずっとここに? ここからどこかの学校に通ってるんですか」
「ああ、先生はやってないねん。やから先生って呼ぶのはやめてな。僕は今、あそこに見える、青少年海洋センターのスタッフやってる」
清田は、走ってきた方向にある赤茶色の建物を指さした。建物の一つは海の上にせり出している。
「カヌーやボートや、いろんな磯遊びの体験を通して、子供たちに海と触れ合う楽しさを教えてる。教壇で勉強教えるより、なんか自分らしい気がして」
「だから、そんなに真っ黒なんですね」
香澄の素直な言葉に清田は笑った。
「うん真っ黒やろ。知らん人やと思われんでよかった。白井さんは、あの頃も綺麗やったけど、もっと綺麗になった」
香澄は言葉に詰まって思わず黙った。清田がそんなことを言うなどとは、思ってもみなかった。
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