君は一番にはならない

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   私は静かに、マスターの言葉に耳を傾けていた。 「でも、過去と未来が同じようになるとは限らない。むしろ、過去と未来は別物だ。努力や運が混ぜ合わさって、どんな結果にもなり得る。だから、そんなに心配しなくていいんだよ。……男の子はそう励ましたかった。けど、その女の子はね、ランチに誘っても十回に一回くらいしか来てくれないみたい。なかなか落ち着いて話もできないって、嘆いてた」 「それは……」  ……彼を、私の中でお気に入りにしてはいけなかったから。  何度も会えば、気持ちが引っ張られてしまう。私が彼を気に入った結果、いつものように失ってしまうくらいなら、仲のいい同僚のままでいた方がよかった。  だから彼は私の、たくさんいる同僚の中の一人にしなければならなかった。  彼が本当は、私の一番好きな人であることに、私は気付かないようにしなければならなかった。 「私……」  言葉を口にしたくても、出てこない。  マスターは続ける。 「……僕は奥さんにね、よく雨男って言われるんだ。先日鎌倉に行ったときも雨でね。貴方のせいねなんて意地悪く言われる。でもごらん」  マスターは指を指す。出窓から差し込む光は明るく、喫茶店の片隅を照らしている。 「ほら、晴れてる。雨の日にばかり注意を向けているとそう思い込むけど、本当は、雨の日も晴れの日もあるんだよ」  
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