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僕がいつか帰ってくることを予言していたのか、片付けずに置いていてくれたようだ。 「おかえりなさい。」 目線を再びあげると母さんが立っていた。頭に白髪が増えて、皺が多くなった顔だったけれど、微笑んだ時にできるえくぼや、目尻のシワはそのままで、 昔と変わらない優しい表情。 ただいま、の後のセリフを用意していなかった僕は母さんとの目線を逸らして後頭部を?きむしりながら靴を脱ぐそぶりに時間をかける。 「ダメやったとね。」 母さんは僕の気持ちを察して優しい声でそう言った。 靴を脱ぎ終わって母さんの前に立つと、悔しさと申し訳なさで、目頭が熱くなった。 「ごめん。」 そんな僕をみて惨めだと思ったのか、情けないと思ったのかはわからない。そう思ってくれてもいい。 覚悟していたけれど、母さんはそれ以上のことを聞いてこなかった。 「明日から家の手伝いしてもらうけん。」 小学生を相手にするように話を逸らしてくれる。 そう接してくれたことがどれだけありがたかったか。 僕は母さんの優しさを噛み締めた。 「うん。」 心が救われた。 母さんがいてくれてよかったと心の底から思った。 ーその夜、父さんにしこたま怒られたのは言うまでもない。 地元にはやけに飲み屋が多い。 飲むのが好きなオヤジ達が多く、需要があるからだと思う。     
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