2/12
1963人が本棚に入れています
本棚に追加
/133ページ
一条はチームリーダーである以前に、この会社――Iコーポレーションの代表取締役社長だ。 それはもちろん社員全員が知っていることなのだが、彼を特別視するわけでもなく媚びることすらない。 間違った事は「違う」とハッキリ告げ、意見があれば遠慮なく提案する。 それは仕事だけでなく、休憩時間やプライベートでも変わることはなく、冗談や笑い声が普通に飛び交っている。 上下関係の垣根を取り払ったオフィス内の雰囲気はとても居心地がいい。 前の会社での古い考えに固執した上下関係やパワハラなどが嘘のようだ。 「――そろそろ石本の顔も見飽きた頃だろ?芝山くん、このあと会議室で研修だ。いいかな?」 「はい!」  自分でも驚くほどはっきりとした明るい声で返事をしている事に気付くと、急に照れ臭くなって俯いた。  一条に声をかけられることが嬉しくて仕方がない。  しかし、それは会社の一社員として見ているだけなのだろうと思うと、ほんの少しだけ胸が痛んだ。  沙月は今まで誰かと付き合った経験がない。それどころか、誰かを好きになった事さえないのだ。  この痛みが何なのかも分からない。でも――一条の事が好きだという想いに間違いはなかった。 「石本、サボってないで顧客データの登録、今日中に終わらせておけよ」 「わかりましたっ」 回転椅子に腰掛けたまま背筋を伸ばして敬礼する石本に笑みを浮かべる一条に見惚れ、はっと我に返った沙月はデスクに置いてあった資料を両手にかかえて、先に出て行った一条を追うようにフロアを出た。 地上八階建ての自社ビルは、この辺りではそう高い建物ではない。しかし、各フロアに一部署というように配置されているため広々と有効に使うことが出来る。一階には一般の人々も利用できるカフェが併設され、もっぱら業者との打ち合わせに使用している。二階~六階は部署専用フロア。七階は会議室、八階は役員室となっている。 沙月はエレベーターに乗り込み、自己啓発チームの部署がある五階から七階へあがると、廊下に敷かれた絨毯を踏みしめながら指定された会議室へと入る。このフロアには、用途に合わせて使用するため大小さまざまな会議室がある。いくつも並ぶ部屋の中でもわりと小ぢんまりとした作りの部屋だが、そこに置かれている机も椅子も決して安いものではないと一目で分かる。
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!