3/12
1965人が本棚に入れています
本棚に追加
/133ページ
誰もいない部屋のブラインドを引き上げ、目の前にそびえるビル群を眺めていると、控えめなノックと同時に一条が入ってくる音に気付いて振り返った。 「よろしくお願いしますっ」 深く一礼して彼を迎えると、彼は手にしていた資料を机に投げるようにして置いた。そして、肩幅に足を開いて沙月の真正面に立ち、腕を組んだままじっと見つめた。 「二週間前に比べたら背筋も伸びるようになったし、野暮ったい感じは完全に抜けたようだな。スーツも見立てた通りだ。このブランドはいいな……似合っている。何より仕事の呑み込みが早い」 これがお世辞ではないとすれば、全部褒め言葉と素直に受け取っていいのだろうか。 一条自身も、営業や接待によく使われる、思ってもいないのに相手の事を持ち上げる様な言葉は好まない。 だから、自分の思った事しか口にしないし、言われるとあからさまに機嫌が悪くなる。 顎に手を当てて頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見つめる彼の視線に、沙月は頬が熱くなるのを感じて、わずかに俯いた。 初対面の時とはまるで違う。少し雑な口調は最初は戸惑ったものの、慣れればこちらの方が自然な感じがして心地よい。 むしろ野性味のある一条に似合っている。 「ありがとう……ございます」 小声で応えると、すっと音もなく間合いを詰めてきた一条に息を呑む。 顔の横を掠めるように伸ばされた力強い腕がブラインドを下ろした。 ホッと息を吐いて安堵したのも束の間、薄暗くなった会議室の照明スイッチのある場所まで向かおうとする行く手を阻まれ、二の腕をぐいっと掴まれた。 そのまま彼の広い腕の中に抱き寄せられた沙月は不安げに彼を見上げた。 「社長……?」 不意に一条の長い指が沙月の襟元に忍び込み、スッと首筋を撫でる。 瞬間、ガクンと膝が折れ、全身の力が抜けて自力では立っていられなくなる。彼の腕に体を預けるようにしたまま、なぜか次第に火照ってくる体に呼吸を荒げていると、耳元で一条の声が響いた。 優しく、それでいて激しく鼓膜を揺さぶる甘く低い声……。 ぼんやりとし始める思考に直接語り掛ける一条の声が心地よくて、うっとりと目を細めた。 「――昨夜、教えたこと。出来るな?」 「ここで……ですか?」 「あの姿を思い出しただけで、お前が愛おしくて仕方がない……」 戸惑いを見せる沙月の唇を塞ぐように一条の冷たい唇が重なると、思考とは裏腹に何かを求める体が暴走し始める。
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!