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ある雨の日の朝、美しき殺人犯に出会った。
血に濡れた学生服を着て、傘も差さず歩いて行く彼を見たとき、訝しむより先に「どこに行くのだろう」と思った。
きっと彼がやけに晴れ晴れとした表情で、背筋を伸ばして颯爽と歩いていたからだろう。
軽やかに行く彼の背中に向けて、私は気付けば「おい」と声をかけていた。
「どこに行くんだ?」
「警察に行きます」
凛とした顔付きに相応しい真面目な声色だった。
「どうして警察に行くんだ?」
「母を殺したからです。その罪に対する罰を受けるために」
「逃げようとは思わないのか?隠そうとは?」
私の問いのいかに低俗なことだっただろう。
今にして思えば愚問だったと恥さえ覚える。
そんな私の卑しくつまらない問いにも、彼は高潔な態度を崩さずに答えるのだった。
「人殺しは罪ですから。でも悪いことをしたとは思っていません。
……母はずっと寝たきりで、治らない病気に苦しんでいました。『生きていくのがつらい』と言っていました。『お前に迷惑をかけなければならないのが苦しい』とも。そうして僕に『自由になってほしい』と言ったから──だから僕は、納屋にあった斧で母の首を一息に切りました」
彼はその時の情景を思い出しているのか、遠くを見るような目で言葉を続ける。
「母はぐっすりと眠っていたから、きっと痛みはなかったと思います。ようやく楽にしてあげられたから、今度は母の墓を作らなければいけない。でも、家にはそんなお金がありません。だから僕は警察に行って母の骸を見付けてもらうんです。そうして誰かに弔ってもらうことが、僕が母にしてあげられる最後の孝行だと思うんです」
そこまで聞いた頃には、既にして雨は小雨になっていた。
彼の服についた血糊は滲み、その赤を薄めながらも広がっていく。
「じゃあ、僕はもう行きます。早く母を弔ってあげたいから」
微笑を浮かべながら去っていく彼を見送る。
小雨の降り頻る中、私は彼と真逆の方向へと歩き出した。
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