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前 火にぃ度s0A/__1
――――4月。
それは〝始まり〟の季節。
厳しく寂しい冬を抜け、生き物が、草花が、風や匂いでさえ、春の到来に歓喜し、色めき出す。始まりであり、万物の転機の時に……。
ここにもそんな空気に鼓舞され、心を躍らせている者がいる。
そこはとある高層ビルの一室。見上げても見上げても頂の見えない、威厳と高級感が眼下を行き交う人々を見下ろし、己を誇示し続ける。
中は外見(そとみ)以上だ。白金のタイルの壁、つるりと輝くリノリウムの廊下、仕立ての上等そうなスーツを着込んだ社員。
誰しもが一流の太鼓判を押すオフィスビルの一室に、彼――荒川はいた。
いや……………待っていると言った方が適当か。癖のある黒髪に中性的な面(おもて)を持つ、好青年然とした男。
女性はもちろん、場違いであるが、女装をしたなら男性からも好感を抱かれ兼ねない。本人は真っ平御免被るが。
彼はここの社員ではない。
このビルは大から小に至るまで数々の会社が看板を構えてはいるけれど、荒川はその何処にも所属してはいない。
二十と三年の生を満喫した彼がこのビルの企業の一角に籍を入れていたなら、両親はそれだけで卒倒してしまうだろう。
そうでなければ、彼が今日、ここに足を運んで来た道理も自ずと理解出来るのではないだろうか。
――面接なのだ。彼は。
二文字で括るのは簡単ではあるが、当事者はこの数十分に命を賭けて挑む。
現に今、彼と一緒に長テーブルの前で面接官を待つ同期――戦友・競争相手(ライバル)――達の顔は、顔色はそれは酷いものだった。
荒川を抜いて三人、皆血の気が引かれそれこそ顔面蒼白で、
彼から二つ右隣の眼鏡の小太りの青年:色の抜けた鱈子(たらこ)唇をふるふる震わせ。
左隣の短髪を真ん中分けにした体育会系の女性:逞しい太ももをカタカタ揺らして。
右隣の頬骨の出た不健康そうな青年:腕時計の刻む時間を確認したり外したり。
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