第5章 脅迫メール「明日は負けろ」

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第5章 脅迫メール「明日は負けろ」

決勝の相手の緑ヶ丘は7年連続優勝を狙う私立の野球名門校だ。春のセンバツにも出ているし、3年前には夏の甲子園でベスト4に入り全国にもすっかり名前が売れた。 勇一たちが準決勝の終わった後、球場の更衣室にあったテレビを見ると、解説者の大学野球部の監督が「決勝は投打ともに緑ヶ丘が上でしょう」「青山西がどう緑ヶ丘を苦しめますかね」と、緑ヶ丘の優勝が決まったかのように喋っていた。ひどい話だ。 ただ、当たっている部分もあった。「青山西のエースの若狭君はスライダーしか勝負球がありません」「1回戦からの連投の疲れがあるでしょうね」両方ともその通りだ。だが、新聞やテレビはそもそも試合をしているのが高校生なのを分かっているのだろうか。勝負球がいくつもあったらプロ野球でも通用するだろうし、くそ暑い中で毎日野球をやってきて疲れないわけがない。 学校でのミーティングを終え、勇一が自転車で自宅に帰る途中、鞄の中で携帯のメールの着信音が鳴った。青山西の生徒たちに人気のあるシュークリーム店の工場の前あたりだ。 「大田のやつ、また何か考えたのかな」 大田はよく「あすの相手の四番打者は外角の球が要注意だ。内角で勝負しよう」とか、思いついたことをすぐにメールしてくる。「ひらめきを大事にしないと」というのが理由だ。返事をしないと「真剣さが足りない」とうるさいので、勇一は自転車を止めて鞄から携帯を取り出した。甘い匂いがあたり一面に漂っている。 だが、とんでもないメールだった。 「あすの決勝は負けろ。もし負けないと、君や大田たちが中学時代のいじめ自殺事件でいじめを繰り返し自殺に追い込んだ証拠物件を警察と高野連、新聞社に渡す。いじめのすべてがまだ明らかにはなっていない。いじめられて自殺した被害者の無念さと苦しみを忘れようとしても、許されないのだ。いじめの実行犯たちに甲子園へ行く資格はない。警察に届けるのは自由だが、困るのは君たちだろう。試合中もメールで指示を出す。ベンチに携帯を持ち込みマナーモードにして、三回以降、奇数回の攻撃の前にメールを見ること」 勇一はメールの発信者を非通知にする方法があるのは知っていたが、実際に発信者の入っていない非通知メールを受け取ったのは初めてだった。誰だろう。メールも文章である限り書いた人間の体臭のようなものが滲み出る。届いたメールからは、粘着質の人間特有の執拗さが感じ取れた。
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