第1章 勝った。決勝だ!

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第1章 勝った。決勝だ!

全国高校野球選手権Q県大会の準決勝は接戦の末に、若狭勇一たちの青山西高が2―1で勝った。大番狂わせだ。 青山西は勉強もスポーツもあまり目立たない、ごく普通の県立の普通科高校だ。県大会ではこれまでベスト8が最高だったのに、かつて甲子園の常連だった名門校の東洋工業高に勝ってしまった。東洋工業のミスにも助けられたのだが、勝ちは勝ちだ。 勝った瞬間、勇一はマウンドで体がひとりでに大きく跳び上がるのを感じた。うれしかった。1回戦から5試合目。青山西のような高校はピッチャーのできる野球部員が学年に1人か2人いたらいい方で、今年の3年生では勇一一人だけだ。全試合一人で投げるしかなかった。 身長174㌢、胴長気味のがっちりした高校3年生がこの試合も131球を一人で投げ切った。美談ではない。それしか方法がなかっただけの話だ。疲れからだろうか。勇一の頭は変に醒めていて、遠い所で機械的に動いているような感じがした。 「あの事件以来、走ってばかりきたから、スタミナなら大丈夫だよな」 勇一は勝利が決まってマウンドを降りるとき、自分を元気づかせるようにつぶやいた。そして、笑った。 「へぇ、笑っているのか、若狭。まだ余裕あるのか」 マウンドに駆け寄ってきたキャッチャーでキャプテンの大田が喜んだ。 勇一とは青山中1年のときからバッテリーを組んでいる。身長180㌢、体型も顔つきも米国の大リーグにいるキャッチャーの城島そっくりだ。マスクを外した顔は勇一以上に汗びっしょりで、おまけに砂まみれだった。 7月29日。暑い。午後4時近くになったのに、照りつける日差しはまだ肌を焦がすように強かった。 真夏の、くそ暑い時期に連日、野球をやることをいったい誰が考えついたのだろう。修行者のような気持ちでやらないと、まあ耐えられない。 勇一は多くの学校が1、2回戦で消えていくのは悪くないことだと思った。ある程度の練習しかしていない学校がこんな炎天下で連日野球をしたら、熱中症の奴が続出してしまう。勇一のスクールカラーの濃いブルーのアンダーシャツは汗でぐっしょり濡れ、体に重く貼りついていた。
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