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目を覚ました時、ホールの自分が座っていた椅子に寝かされていた。
起き上がると、向かいの席にキツネ目のマスターが座っていた。
「気が付かれました? 急に倒れて驚きました。どうぞお水でも」
テーブルの上には、私が飲み終えたミルクティーのカップが置いてあった。
底をよく見ると、液体はドロドロの灰色と化していた。
その横には、水の入ったコップが置かれていたが、私は早く店を出たかった。
それにしても、あんな異常な光景を見られたというのに、キツネ目のマスターは平然としていた。
私が警察に通報すれば、逮捕されるというのに。
何事もなく会計を済まし、私は入口の扉に手かけた。
「また、いつでもいらしてくださいね」
キツネ目のマスターが後ろで目を細めて笑った。
「ああ。それと、先ほど見た光景ですが、他言無用でお願いします」
「言ったら、どうします……?」
「私は構いませんが、この店がなくなると、困る方々が……」
店内にいたお客全員が、私の事をじっと見つめていた。
「一つ、聞いていいですか?」
「何でしょう」
「クローはいつ死んだんですか」
「クロウは、あなたが制服でここに訪れる前に死んだんですよ」
「そんな……。ここに来る時、クローの後を追って来たのに」
「想いが見せた幻覚でしょう。あなたはクロウの事が大好きでしたものね。彼は賢くて良い子でした。それに、お客様の舌までも喜ばせた。素晴らしい子です」
その言葉に、私は一瞬耳を疑った。
「心配しなくても、辛いことも悲しい事もすぐに忘れられますよ。あの煙管の煙を吸ったあなたなら」
私の視界がゆらゆらと揺れ、歪むキツネ目のマスターの笑顔が見えた。
視界が元に戻ると、店内から甘ったるい香りが漂ってきた。
大好きだったミルクティーは、やっぱり美味しかった。
私はまた、この店に来ようと思う。
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