1 アルベロベッロのトゥルッリ

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メテオラの次はロッキーで、ベトラにヨセミテと流したあと、サンタ・マリア・デッレ・グランチェはとばしたから、もうそろそろアルベロベッロのトゥルッリのはずである。 星野さんの乗った電車は、徐々に速度を落としてゆく。かん高いブレーキの音は、聞くと独りでに顔が歪んでしまうぐらい大きい。車内も随分くたびれていて、縦横かまわず揺れており、まるでケーキの箱みたいにがたんと外れてしまわないかとひやひやする。くもった車窓から外を眺めると、三角帽子を被せたような建物が、幾つも寄り集まっていた。なんだかアポロ・チョコレートを並べたような景色である。 「見たまえ、きみ」  星野さんの左隣で、村上部長が呟いた。ロマンスシートの窓際から、窓の外に眼をやったまま、その風景に付いた名前を口にした。 「あれが……アルベロべっ――」  そこまで言って言葉を詰まらせた。星野さんはぎょっとして、身体を左側へ向け、村上部長の様子を見守った。どうやら舌を噛んでしまったらしい。けれども部長は一向めげずに、老眼鏡を片手で外して、ガイドブックを目の高さにまで押し頂いた。そうして裸眼を押し付けるようにして、念を押すみたいに幾度か頷いた。もう一度アルベロベッロのトゥルッリに挑戦するつもりらしい。
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