私が彼女にできるたった一つのこと

22/29
101人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
 私は貴子の左手の薬指を独占する、いや左手だけじゃない、彼女のすべてを受けいれることを許される存在になれたのだ。 「理夏、これはどこ?」 「ああ、私の部屋に運んでおいて」  貴子は段ボールを私の新しい部屋に置いた。私のアパートの更新が切れるとともに、私たちは一緒に暮らすために引っ越した。物件探しは難航したが無事に新居が決まると、事はスムーズに進んだ。 「ごめん、もうそろそろ行かないと」  貴子はそう言ってエプロンを外し、スーツを着た。 「大丈夫。あとは私がやっておくから。そんなことよりも仕事、頑張ってきて」 「七五三って言わないのね」 「今日も可愛いよ」  そう言って、貴子の口紅が落ちるといけないので、私は彼女の頬にキスをした。 「じゃあ行ってきます。理夏も無理しないでね」  私は玄関まで行って、手を振って貴子を見送った。    あらかた作業が終わると、インターホンが鳴った。私は確かめることもせずに、ご機嫌にドアを開けた。 「こんにちは。貴子の母でございます。山崎理夏さんですよね」 「そうです」  私は思わず挨拶を抜かしてしまうぐらいの珍客に驚いた。玄関先では申し訳ないので、まだ散らかっているリビングに貴子の母を通した。 「こちら、つまらないものですが」  そう言って有名なブランドのクッキー缶を袋から出し、私の方に差し出した。     
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!