白鷺ピクニック

1/10
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

白鷺ピクニック

「まもなく、3番線に電車が到着いたします。」  ホームにアナウンスが響き渡る。  私は駅前の歩道で、それを聞いていた。  電車がホームに到着したようだ。  改札を通り、ホームへの階段をゆっくりと降りる。  階段を上がってくる人たちとすれ違う。  私の足取りは軽く、ゆったりとしている。  大学生のころはよかった。  このごろ、つくづく思う。  今みたいに責任感やストレスとは無縁の生活だった。気乗りしない授業は、出席せずに単位をあきらめれば済む話だったし、嫌なことからは逃げればいいと考えていた。  就職してからはそうはいかない。逃げることは許されない。嫌な上司とも上手くやっていかなければならないし、与えられた仕事はこなさなければならない。すべてが「~しなければならない」に支配されていて、ストレスや体調不良と向き合いながら、1日1日をなんとか生きている。   だけど、大学生に戻りたいかと聞かれたら、そうでもない。 ストレスとは無縁の平穏な生活だったけど、人生の絶頂期だったわけでもないから。  私は遅咲きの人間なのだ。若さは武器かもしれないけど、30代半ばの今の方が、判断力や行動力、そして強さがある。だから20歳のころに戻りたいとは思わない。  私が欲しいのは時間だ。自分と向き合うための時間。本を読んだり、景色を眺めたり、ただ静かに考え事をするための時間が欲しいだけ。大学生のころは、そんな時間がいくらでもあった。  電車のドアが閉まった音をしっかり聞いてから、私はホームに降り立った。  電車はカタンカタンと、次の駅へと向かっていく。  すべては予定通り。いつものベンチに座り、駅前の自動販売機で買った熱々のコーンスープの缶を鞄から取り出す。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!