はつこい白書

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「いや……悪いからいいよ。 それに、萌ちゃんと透くんがいるだろ? え、渡したいもの?」 友人は聡くんを迎えに行ったついでにシゲちゃんにも渡したいものがあるから、と告げた。 後から考えれば、先日出産祝いを渡したお返しを渡したいということだったのだろう。 隣の夫婦が三十分ほどならば子どもたちを預かってくれるから夫婦で行くと電話が切れた。 聡が通うピアノ教室もそう遠くはないし、夫妻が子どもたちを預かってもらうなどで遅くなったとしても一時間以上かかるはずはないのだ。 聡を迎えに行ったはずの友人とは連絡が取れないまま、一時間後に鳴った電話の向こうで、いつになったら迎えに来るのかとピアノ教室の講師から電話が入った。 繁は訳のわからないまま徒歩で聡を迎えに行ったが、普段喧騒とはかけ離れている静かな街は、今日に限ってやたらと救急車のサイレンの音が鳴り響いていた。 「後悔しても遅いけど……あの時、ピアノを休みたくないって言わなければ、月岡さんご夫婦は亡くならなかったかもしれない。 父さんが俺の迎えを頼まなければ、事故になんて合わなかったかもしれない……」 聡が話す言葉の一つ一つを萌は信じられない思いで受け止めていた。     
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