碧落の愛

13/14
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
 その日仕事を終えて家に帰ると、妻の姿はなかった。書き置きもなく、家の中の様子もいつもと変わらない。ただ、そこから妻の姿だけが消えていた。  妻の携帯電話はつながらなかった。僕はキッチンのテーブルに座って、彼女の帰りを待った。しかし彼女が帰ってくることはなかった。  朝になって、警察から電話があった。警察官は、僕の妻が駅前のビルの屋上から飛び降りたのだと言った。遺体を確認しに来てほしい、と。  僕はうまく頭の中を整理できなかった。霊安室に向かう途中も、いったい自分は何をしにそこに向かっているのかがよく分からなかった。  でもその遺体は、間違いなく僕の妻だった。彼女はまるで眠っているように穏やかな顔をしていた。今にも寝言を口にしそうだった。 「誠一さん」  耳の奥で、悲し気な声が聞こえた気がした。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!