一つの言葉が言えなくて

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 ため息を一つついた後、困ったような顔をして、雅は指折り数える。 「何回か、大学時代にもアプローチしたよ。誘ったり、二人きりでムード作ったり。でも、みんな、はぐらかされた」 「誘われたって……」  ――想い返して、そうだっただろうかと、ふりかえる。  入学直後に大人びた雅から、一緒に買い物に行こうと誘われて。  サークルの集まりに呼ばれながら、二人で抜けだそうと言われ、秘密の景色を見たり。  お互いに時間のできた時には、旅行にもよく行ったりしていた。 「洋子が言う、あの日のキスも、そうだった。でも、嫌われるのが怖くて、ごまかしちゃったけれど」 「……っ!」 「ごまかしたのは、ごめん。でも、ずっと……そうだったの」  私が、自分で想いこもうとしていた、二人の関係。 「でも、洋子の眼は、漫画に向いてて。だから私も、友達として、ふるまおうとしてた」  つながるために大切にしていた、友達という、予防線の言葉。  雅は呟くたびに、その顔を、曇らせる。 「でも内心は、ずっと嫉妬してた。……あぁ、なんで私じゃないんだろう。洋子をとらないでよ、って」  雅の口調にいつもの穏やかさはなくて、胸を焼くような熱がある。  聞いてるこっちが痛むような、鋭さとともに。 「だから、諦めたの。社会人になって、男の人を好きになって。この苦しい気持ちから、逃げようって想った」 「男の人に、逃げる……」  雅の言葉に、私は、嫌なものを感じた。  ――彼女が、好きでもない男に行ってしまうことと、そうさせてしまった自分の鈍感さに。  眼をしかめた私と、なぜか同じように、雅もまた苦い顔をする。 「でも、男の人って、鋭いよね。そんな私のズルさを、見抜いちゃってた。……最低だ、私」  ――そこまで私は、親友を、彼女を。  追い詰めていたのか。 「……違うよ。ズルいのは、私だよ」  あの、キスの時。  雅にちゃんと、自分の気持ちを、告げられていたら。 「ちゃんと、見てあげられなくて、ごめんね」  だから、遅くなってしまったけれど。  あの時の熱を持った唇で、ちゃんと、もう一度言おう。 「雅、好きなの。大好き。ずっと、一緒にいたい」 「……うん。私も、だよ」
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